2004年12月28日火曜日

一切皆苦

仏教の言葉に一切皆苦と言う言葉がある。
この世は全て苦しみであるという言葉だが、ここで言う苦しみとか、感傷的、感情的な意味での苦しみと考えると本質を誤るらしい。
ここで言う苦しみとは、医学的な意味での刺激を表すそうです。
私たちは世界を、感覚器が受容する刺激を通してのみ認識することができる。
刺激には本来、良い刺激も悪い刺激も無い。
これに意味付けしてるのは意識、無意識である。
意識の仕方が変われば、刺激はその意味を変える。
それがそう巧くは行かない。
意識を変える物も、意識を通してしか取り込むことが出来ない。意識はあらゆる刺激を知覚しているわけではなく、かなりの刺激をなかったことにしており、変化につながる程の刺激は無視されてしまうことが多いのだ。
この意識にゴロつく塊のような物を煩悩と呼んで良いでしょう。
ここから救われる、つまり解脱するにはどうしたら良いのか?
仏教では修行によって悟りを開くことと全てをご本尊に任せて帰依することの二つの道を示してますね。
悟りの境地とは、涅槃の境地を知識としてではなく、実感を伴う感覚として意識界ないし無意識界で知覚した状態と言えるでしょう。
帰依のシステムは、より広大な安定した状態をご本尊を媒介にして、それと自分が同一化するイメージによって涅槃の境地を知覚するというシステムと言えるでしょう。
いずれにせよ、涅槃の状態と言う、通常とは掛け離れた状態を知覚するための方法論であると言えます。
では、涅槃の状態とはなにか。
涅槃はニルバーナという梵語から来たと言います。
ニルバーナとはバーナ(炎)の非定型(Nil)で、煩悩の炎が消えた状態を指します。
絶対安心、絶対安定、永遠不変、一切の刺激が無い状態。
一切皆苦の状態とは正反対の状態です。
この状態の一番わかりやすいものは、死んだ状態。
これを仮想体験することが仏教における究極の宗教体験と言えるでしょう。
仏教は葬式のためのものとしてのみ考えられてるきらいがありますが、本来は死を仮想体験することで生をより充実したものにするためのものです。

現代社会においては、いかに生きるかだけが語られてます。
しかし、刺激に鈍った私達の感覚器を解き放つ、死の仮想体験法は怪しげな呪術と一緒くたにされてます。
だから、「癒し」なんて言葉が流行るわけですが、それで追い付かない場合は死ぬしかないと考えてしまい、周囲もそれを止める手立てが無いと考えてしまいがちです。
では、死は本当に究極の癒しと言えるのでしょうか。
死の状態では、意識がありません。無意識も然り。
死を感覚する感覚器は働きを止め徐々に不敗していくばかりです。
癒しとは宗教と同じ生きるための方法であって、死は死でしかなく、生が絶対否定されてる状態なのですから、死には癒しの要素は一切ありません。
死に感情も感傷もありません。
死は現象でしかありません。

2004年12月22日水曜日

3Q CUT行ってきました

かつて床屋さんは、髪を切るだけの仕事ではありませんでした。
ヨーロッパでは外科医の仕事もしていたため、洗って店先に乾かした仕事で使う包帯が、床屋さんの目印となり、今でも動脈と静脈と包帯を現す赤青白の回転灯にその伝統が残っています。
鬚や髪は人にとって生きてる証であり、生命力そのものとする信仰が洋の東西問わず存在します。巨人サムソンは鬚を切られて怪力を失いましたし、丑の刻詣りのわら人形に入れるのはなんといっても髪の毛です。戦地で戦死した人の遺髪を持ち帰るというのも、僧侶が剃髪して出家する、荒くれ者が鬚を生やすと言うのもこの信仰に由来します。
だから、これを扱う人々、床屋さんは、人の命を扱う特別な人々だったわけです。(その感覚があったから、外科医の仕事にも繋がっていたんですね。)

さて、
午前の時間を使って、近所の床屋さん「3Q CUT(サンキュー カット)」に行ってきました。
カット専門で1カット1000円、所要時間10分と言うのだから、時間の無い人間にぴったり!
場所は大和町の、かつて吉川晃司がザ・ベストテンで生中継で唄ったことで一部地域の一部世代に有名なパイナップルステーションというテナントビル。
ちなみに山頭火の向かい。
駐車場は空いてたのでラッキーと思ったが、店内は満員、待ってる人も十人近くいる。
「いらっしゃいませー。初めにカットカードをお買い求め下さい。」
見ると通常レジカウンターに当たる所にポツネンと小さなカード販売機。千円を入れるとシュッとプラスチックのカードが出てきた。
それを持って待合席へ。
待合席には数字がふられていて、早くきた順に詰めて座り、一番の人が呼ばれると一つずつ詰める仕組み。
待ちながら店内を見回す。
カットのための席が四席プラス子供席が二席。全部にスタッフが立っており、常にフル稼働。
カット専門と言うだけあって、洗髪、鬚剃り、パーマやカラーリング、マッサージのたぐいは一切無し。ただ、切るのみ。
各席も極めて機能的に作られていて、
洗髪が無いので細かい髪の毛が残らないようにするために掃除機が使われているのだが、道具棚に上手く隠されていて結構格好よく使われていたり、
切って床に散った髪の毛をチリトリ使わずに済むように、道具棚の下に小さなすき間があってその奥の空洞に掃き込めるようになっていたり、
細かい直しで、普通鬚剃りを使うようなところも、全てバリカンのそういうモードを使って処理し、鬚剃り関係の道具が要らないようにしてあったり。
良い悪いはさておき、とにかくカットのためだけに機能を限定集中させてありました。
そうこうしている内に私の番。
「ビデオのある席で良いですか?」と聞かれ「どこでもいいです」と応えると、案内されたのは子供用の席だった。
鏡の前に割と大きめのDVDプレーヤー。アニメとか見ながらカットできるらしい。鏡の周りにはキャラクター物のぬいぐるみ。おもちゃがあったり、車型のシートがあったり。
しかも、窓際の割と目立つ場所。
…まあ、いいや。(^^;
さすがにDVDを見させてっもらったり車のシートに座ったりする勇気はありませんでした。
カットはスムーズでそれなりな感じ。
心持ち雑な感じがしたのは「安い」という先入観があるためかも。
あまり余計な注文は(やってくれるかもしれないけど)できない雰囲気。
有り体にまとめてもらいました。
所要時間15分位。
待ち時間を入れて45分程。
待ち時間がネックなのが店側もわかっていると見えて、待合席に空いてる時間帯(お昼から二時三時と六時から閉店まで。それと雨の日。)を御利用下さいと貼り紙してありました。
まあ、待ち時間を入れても。普通の床屋さんで待ち時間入れて2時間位かかることもあるのを考えれば早いと言えるでしょう。
ただ、なんというか、
「チャップリンのモダン・タイムスに出てきそう。」な感じで、ゆったり感とか安らぎ感はありません。機能的で、安くて早くてそこそこの出来ですが、なんか物足りない感じがするのは、やっぱり今までの床屋さんのイメージがあるからでしょうか。
でも、ただ安いだけの店だと技術が低い(明らかに新人しか使ってない)所も多いですが、ここだとそれなりに安心してやってもらえそうな気がします。
一日に相当数こなしてるでしょうから。
お金も時間も無い時には、ありがたい所だと思います。

2004年12月15日水曜日

『カタルシス×カタルシス』と『神様が部屋を訪ねてきた』

先日、アラタにて『カタルシス×カタルシス』と『神様が部屋に尋ねてきた』を見た。
内容の説明はおく。

『カタルシス×カタルシス』は題名が示すごとく、男によってつながった女二人がその男ゆえの懊悩を、出会いと交流の中でぶつけ合い互いにカタルシス(浄化、帰依)へ導かれるという話、
なんだろうと思うのだが、
カタルシスが成立しないまま終わってしまった。
役者の問題は大きいだろう。
共に、それぞれの役が抱えているはずの色々を言葉としてしか捉えてない。
それでも前半の"あっさりした別役"みたいなシーンはまあなんとか見れるが、後半の激突するシーンが、完全に台詞上だけの心に響かないものになってしまっていた。
なにも全編重ったるくする必要はないが。

例えば、残された妻はアル中な訳だが、あれでは「胃が荒れてる」程度の人だ。アルコールに依存せずにいられない状態ではないし、依存してる状態でもない。アルコール依存という物自体を全く想像できてない。アルコール依存は身体的な疾患ではなく精神的なものだ。
それは、旦那の死を受け入れられないという状態についても言える。それが崩壊する時、なんであんなにあっさりしてるんだろう。はなっから、旦那の生存を信じてはいなかったようにしか見えない。
侵入してくる女も、なんであんなにあっさりしてるんだろう。
新聞の男が来た時の反応などに、なんで絶望の闇が溢れ出てこないのだろう。
信じたもの全てに裏切られ、全てを奪われ、死を選ぶというのは、ありがちなようでそうあることではないし、前提として人を信じ、自分の力で手に入れる力、希望の力を持つ人でなければ、絶望は成立しない。
前半の作りがあまりにもさらっとし過ぎてて、役者がそれをベースに役作りをしてしまったのだと思う。
二人の出会いも、男を媒介にしたとはいえ、どうしてあんなにあっさり受け入れるのだろうか。あんなにすぐに仲良くなるのだろうか。
強張り、孤立し、七転八倒する心の出会いがなければ、カタルシスは起こり得ない。
それを感じて、仕方なく言葉で無理矢理ケリをつけたように感じた。
後半のどろどろから逆算して作り直す必要があったと思う。

『神様が部屋に訪ねてくれた』は、前者に比べれば相当良かったとは思う。
でも、それは前者と比較してという意味で、一人芝居としてはもっともっと努力が欲しかった。
一人芝居は、一人でやる芝居。
これは、イコール全てのルールを一人で決め、一人で見せ、一人で裏切る芝居ということで、二人以上の芝居とは、全く別と言っていいほど違う表現行為だ。
特に技術的に言えば、見立てのルールを一人で自由に出来る点が大きい。
例えば、前半で神様とのエッチを匂わすシーン。
神様の体をパントマイムなどで表現するのは実は見立てであり、対人的な演技とは別なルールが必要になる。
神様を抱きしめる。きつく抱きしめる気持ちが勝って神様が入る隙間が腕の中に無かった。
神様と語らう。神様は色々言ってるはずだ。だが、女はそれを聞いてない。現実の会話では相手の言葉に重なるような言い方はよくあるし、聞いてない様で聞いてるという状況もよくある。が、一人芝居では相手の言葉は客が想像できるようにもっと隙間を開ける場所が必要だった。
女の台詞を繋げれば話はわかるのだが、もっとバラエティにとんだリズムが欲しかった。
後半は、体の見立てが良く目立つシーンが多かった。
それだけに、もっとあざといくらいのルール付けと裏切りが欲しかった。
例えば白線を歩く、ということと逃げるということ。
白線を歩くは「外れたら死」なのだが、その割にはひょいひょい小気味良く歩き、逃げるときはただ同じ方向に同じコースでぐるぐると逃げていた。
前者を見立てる場合、「外れない」ということイコール「外れられない」ということをもっと見せるべきだったし、後者を見立てる場合、コースを外れてランダムに逃げる方が
「それでも結局逃げられない」という感じがより鮮明になっただろう。
全体として、役者の体や心の惰性に任せがちな芝居になってしまった気がするが、これは演出不在の問題も大きいだろう。
不在…ではなかったのかもしれないが、もっと研ぎ澄ましていく必要はあってしかも役者的には割といっぱいだったと思うから、他者の目での刈り込みが必要だったろうとおもう。
役者体がいつものいそさんだったのは痛い。
がんばっていたとは思うけど。
話は、面白かったと思うけど。

えらそうなことばかり書いてしまった。
期待してた分もあるのですよ。

泣いていたお客さんもいたから、けしてこれが絶対的な評価とは言えないです。
でも、
…がんばってね。

2004年9月9日木曜日

『イノセンス』感想

面白かった。出来れば映画館で観たかった。
前作に比べると、押井監督の良さが出ている気がする。

前作は、犬のシリーズ(というシリーズがあるわけではない。紅い眼鏡から人狼へと続く首都警の物語を便宜上そう言ってみる。)の流れを組みつつも、原作『攻殻機動隊』の枠を越えることは出来てなかった気がします。
前作が『攻殻機動隊』のダイジェストに収まったのに対し、今回の『イノセンス』は、『攻殻』世界をベースに押井ワールドを展開することに成功している。特にエトロフ渡航以降の祭りのシーンやキムの舘のシーンなどは、うる星やつらの映画を思わせる、懐かしくも押井監督独特の世界が展開したシーンだったと思います。
正直言うとCGの使いまくりは好きではないのですが、あそこまで徹底されると、これはこれでありか、とも思います。
SACが間にあったのも良かったのかも知れませんね。

2004年8月23日月曜日

『イノセンス』サウンドトラック

ひさしぶりにCDを買いました。
映画『イノセンス』のサウンドトラックです。
映画は見逃しました。でも川井憲次の音楽世界は好きなので後悔することは無いだろうと思って買ったのですが(正確には買ってもらったのですが。)、…イイ!!
二曲目の「傀儡謡_怨恨みて散る」でビビッとはまり、五曲目の「ATTACK THE WAKABAYASHI」でワクワクドキドキしています。
現在聴いてる最中。
ひさしぶりに、聴きまくりそうな予感です。

2004年8月10日火曜日

オタクの境界線

パソコンの音回りの調子がおかしくなりました。
モジュールはちゃんと組み込まれてるし、スピーカを変えても変わりなし。
さんざんいじり、治らず、今朝改めて立ち上げると治ってました。
なんだったんだ。
チェックのため、手持ちのMP3ファイルをかけてると、妻が嬉しそうに
「エヴァンゲリオン?(ニヤニヤ)」
と効いて来ました。
私がオタクなのがそんなに嬉しいのか。(T T

ところで、オタクであることを忌避する想いが強いのは、たぶん境界線上にいる人間なのだと思う。
これは、先日読んだばかりの『の境界』にも書かれていたことなのだが。
沖縄、北海道、台湾や朝鮮の人々は"日本人"に編入された歴史を持つ。その際、問題の焦点になったのはまさに、どこに"日本人"の境界線を引くかと言う点だった。
国家は税収や兵力のために、出来るだけ多くの人々を国民とし、多くの土地を国土として国家に編入したい。
でも、国民としての権利を与えることは出来るだけ少なくしたいというアンビバレンツな欲望がある。
そして境界線上にいる人々もまた、その欲望に翻弄される。
国民としての権利を得るために、国民の義務を喜んで負い、国民として既に認められている人々以上に国民らしくあろうとする。
また、国民らしくあることを少しでも忌避する人々は、それがゆえに、国民としての権利の一切どころか人間としての権利すらも諦めなければならなくなる。
そして、その闘いの中でも、結局は引かれた境界線に翻弄されざるを得ない。

オタクの境界線にいる人々は、オタクであると馬鹿にされることを忌避するならば、自らがオタクであることを否定するために、よりオタク的な様々な見方考え方、知識や技術を隠し、他のオタクの人々をまるで悪逆非道な奇人の様に差別しなければならない。
だが一方で、好きな世界を少しでも堪能したいと考えるならば、「オタク」として差別されることを甘んじて(あるいは安んじて)受け入れなければならない。

最も問題なのは、境界線を引かずにいられない人の心のストレスであり、境界線を引くことを前提としない関係性の在り方を求めることだ。
だが、その道はあまりに曖昧模糊としていて進みにくい。
前述のエヴァンゲリオンにしても、当初、自分と他者との境界線の引き方の話であり、かつその概念を突破するための物語でもあった。(結局腰砕けになってしまったわけだが。)
どうしたら、境界線の問題を解決することが出来るのだろうか。

2004年8月8日日曜日

ビデオ鑑賞『朝日のような夕日をつれて'97』と『攻殼機動隊 - GHOST IN THESHELL -』

昨夜、以前から友人に借りていた第三舞台の『朝日のような夕日をつれて'97』のDVDを見ました。と言っても飛ばしながらですが。
学生の頃、『~'91』を演劇部で上演しようとしたことがあったのですが、他のメンバーとの温度差があり過ぎて中止。部を辞めるきっかけにもなりました。
実は、ビデオ以外で第三舞台の芝居を見たことはありません。この『朝日~』も台本で読んでいただけでした。でも、なんか良いと思ったんですよね、当時は。
DVDとは言え改めて見てみると、当時、鴻上が後書きなどでぼやいてた先輩演劇人のダメ出しと言うのが良くわかる気がします。役者の力だけで時間を成立させていく。それも極めてテンポ良く。それが得てして表層的な疾走感を狙っただけの何も残らない表現に見えやすい。
これは野田やつかの芝居にも言える気はします。
ただ、当時(そして今)の"現在"を的確に表現しようとしたとき、これはありだろうなとも思いました。あの日、あの時、あの場所を共有できた人達に取っては、あれは特別なものになり得たと。
そして演劇は、結局その日、その時、その場所でしか存在し得ない物なのだから、そういう意味で言うなら実に演劇的な演劇であるとも言えるでしょう。
ただまあ、あまり好みじゃなかったみたいです。すごいなあとは思うけど。

数日前に高校生の頃にはまった『オネアミスの翼』を観ました。
懐かしかった。惜しむらくは、パソコンの小さいウィンドウだったことですが。
一時期、これを観て宇宙飛行士になろうとか本気で考えた物でした。学力が追い付かなくて辞めましたが。
思えばあの頃から、未来の目標に乏しい人間でありました。

あと、『攻殼機動隊 - GHOST IN THE SHELL -』も観ました。
リアルタイムで見た当時は、士郎世界と押井世界の融合だ!と感じて感動したものでしたが、改めて見ると、どっちかと言うと原作のダイジェストに終止した作品だったのだなと思いました。
あまり押井っぽくない。そして原作にある言葉やシーンを割とそのまま大目に使っている。
継ぎ接ぎの仕方がそれなりのレベルなので良いのですが、『紅い眼鏡』や『御先祖さま萬萬歳』、『人狼』などに見る押井美学とでも言うべき物は影を潜めてる感じがしました。

昔見た、それも結構当時熱狂的に見たものを改めてみると、新しい発見があって面白いです。
でも、一抹の寂しさも感じるのは、感傷でしょうかね…。

2004年8月4日水曜日

『<日本人>の境界』読了

図書館から借りていた『日本人の境界』をざっと読み終わった。
かなり飛ばしたけど、面白かった。
沖縄、アイヌ、台湾、朝鮮の、日本による同化、併合、支配と、それへの反発。日本の敗戦による独立や本土復帰の流れを様々な資料を通して見つめ直し、得てして単一民族を思われがちな「日本人」というものと「外」との境界線付近にいる人々の変遷、変化から、境界線を引くこと自体の危険性、不条理性を描き出した本です。
まだ読み終わってすぐなので言葉にまとまらないので、感想はまた今度。
結構、目から鱗な本でした。

2004年8月3日火曜日

自己完結

先日借りた村上龍の本に、「日本人ほどオナニーの好きな民族はいないってこと。」という言葉がありました。
日本人は細かい差異を楽しむ民族である。それはセックスに対してもそうであり、それが新聞や雑誌の膨大な種類の風俗店の広告などに表れているというのです。他国では、これほど様々な"抜き屋さん"は存在しないんだとか。
そして、その多様さは、結局、己にとって理想的なセックスを一方的に(他人の手を借りて)実現することへの欲求から生まれてます。
これは他者とコミュニケーションをとることを苦手とする日本人の性質から生まれており、そして、このコミュニケーション不全性が、黒船以降の日本の"外国"に対するアレルギー反応に(過剰な反発や、無条件の受容、降伏)つながっているという話につながっています。
コミュニケーション不全症は現代病ではありますが、日本人が古代から持ってきた民族的特性でもあるというわけです。

日本人は歴史的に、様々なものを平和に取り込み飲み込み合成融合してきたと言われています。
これは、いわゆる日本特有の「玉虫色の解決」の結果です。
無批判に取り込んだように見え、実は表面的な部分だけを取り込んで、根本的な(これまでの在り方と衝突する)部分をあえて無視することで過去との衝突を避け、新しい装いにすることで今に取り入る。
唯一無視されるのは未来。
未来-こうあるべきと言う理想的な姿を強く持ち出せば、それは他者との強い対立を余儀なくされます。それは"これまで"への攻撃とみなされます。
だから、未来、夢を語るものは嫌われてきました。
なんか、私自身、そういう部分が強くあるので嫌になります。

自分を保ちつつその欠点を冷静に見つめ、他者の意見を分析しつつ必要に応じて臨機応変する。そんな在り方が出来たらと願わずにいられません。
学生時代に、演劇部の先輩が「俺はもう十分やり尽くしたから」と言ってさっさと退部した時、何言ってんだ、と思ったものですが、あの時の先輩は今頃それなりの仕事やそれなりの家庭生活を営んでいるのでしょう。
考え様によっては、あの先輩の方がしっかり未来を見ていたと言えるのかもしれません。
芝居に浸っている時、その今しか考えられないということは、今に阿ることでしかないわけです。
でも、そこにだって、戦う余地はある。あの頃も今も、私は捕え所もない創作の世界の中に、魅力を感じていたし、そこで彷徨い野垂死ぬ覚悟もあるつもりでした。戦う力=生きる力がもっと欲しい。
もっと、きっちり生き切りたい。

2004年7月30日金曜日

クーラー三昧と生きること死ぬこと

クーラーっす。夏はクーラーっす。
…などと、五年前なら口が割けても言わなかったのだが、去年は無用の長物だったクーラーが大活躍な今夏、"くーらー!!"と言わずにいられないのは脆弱さ故か。
クーラーに涼みながら、最近ようやく暇が少しできたので、一息ついてこれからのことを考えたりしている。
ここ数年、自分のしたいことを手近なところで済ます傾向が強くなって来た。
物理的に時間が無いのは確かだけど、それ以上に「やっても無駄だ」という思いが燻っている。
なぜ無駄なのか。どうせいつか死ぬからだ。
これは、小さい頃からあった想いだが、最近はにっちもさっちもいかない位強くなる時がある。
これに憑かれると、もうただその日を順当に送ることしか考えられなくなる。
そんなことを人に話すと「ああ、あなたはやる気が無い人なのね。」とさげすまれる、気がする。
何故、「やる気が無い」と言うのがさげすみの対象になるのか。
何故、やることがない、やりたいことが見付からないということが罪に当たるのか。
やる気があり、利益や利潤、自分の追い求めるものを持っていること、その欲望の力。
欲望とはそのまま、欲し望む力であり、知恵の実を望むことが失楽園の原因、原罪であったように、欲する力が無いなら人では無いのだ。
欲する力が無いものは、それだけ死に近い存在であり遠ざけられなければならない。
特に、その力を人の根元的なエネルギーと考える資本主義経済の社会においては、だ。
古い言葉では「モーレツ」に「24時間戦えますか」だ。
最近なら「人生の勝ち組になれ」と言うべきか。
そして、そこから落ちたものはただ搾取されるしかない。
わたしの陥る状態は、搾取する人にとって実に都合が良い状態なのだ。搾取できないなら搾取される側になれ。差別できないなら、差別される側になれ。
いつもそこで、堂々巡りになる。
人を平気でだまして搾取する側になれる程、強くない。でも、唯々諾々と搾取される側になるのも耐えられない。
そこで、第三の道と称してモラトリアムを決め込む。しかし、そこにももちろん救いは無い。

どう生きたって、必ず死ぬ。いつか死ぬ。
死ぬから、何をしても無駄なのならば、生きるということの意味は無い。
意味というもの自体、生きている間だけのもので、だからどんなものの意味も、常に変動し、流転する。
生きると言うことでしか、意味は存在し得ない。
ここでの"意味"は色即是空の"色"にあたる。
色即是空は現実であって、そこに意味は無い。感情も人生も無い。
ただ一つ言えるのは、空において色は無く、色において空は無い。
搾取されるもされないも、生きているからこそ有り得る状態だ。
生きがいがあっても無くても人は生き、死ぬ。
今のままで、その時、わたしは後悔せずに逝けるのだろうか。
「どうせ死ぬから。」と言う想いは、死に近いようで実は死から遠い言葉だ。死への闇雲な恐怖が背景にある。闇雲に恐いから、死を明確にイメージ化できない。死が恐いから、無意識に死後や来世を期待し、今で無ければできないことから逃避する。
そこに信仰の原点がある。だから、宗教は自己啓発と逃避の色が常に強い。
数年前まで、私にとって演劇は明らかに宗教だった。
それも、破滅、終末を前提にした宗教だ。
以前いた劇団では、入って数週間で「解散するかも」と聞かされ、二年後には本当に解散した。(その後、再結成されたのだが全然違う集団になっていた。)だから、息が切れた時、劇団を辞める時は死ぬ時だと、半ば本気で考えていた。
だが、集団自決する日は来なかった。
当り前だ。
芝居は、本来生きるためにあるのだから。
生きてる人のために、生きる日々のために、まさしく"色"として存在するものなのだ。
芝居をする、芝居を見るということは生きるためのものだが、逆は真では無い。
世界は芝居だけで構成されているわけじゃないからだ。
絶対必要なものでは無いが、しかし、あったほうが面白いもの。
芝居とはそういうものなのだ。
"色"は一色では無い。
劇団にいた当時、そして辞めてからも、そのことに気づくことがなかなかできなかった。
でも、この文を書いていて、なんだかわかった気がする。

図書館から借りた本:
『世のため、人のため、そしてもちろん自分のため』村上龍・藤木りえ/NHK出版
『の境界』小熊英二/新曜社

いつになったら読了できるだろう…。

2004年5月24日月曜日

Winny問題

昨日、オフ会でNINさんにWinnyについて振られたのだが、実はここ一月近くパソコン系のニュースやコラムからは遠ざかっていたので、騒動について全く知らなかった。
Winny開発者の逮捕とそれに伴う騒動の細かい内容については置くとして、この事件によってP2P技術の発展に影が差したのは確かだろう。
逮捕の記事で、開発者の47氏が述べたとされる言葉が紹介されていたが、現在の著作権制度に一石を投じる意図があったと判断された(明らかに違法行為を意図していたとみなされた)点が警察が逮捕に踏み出した大きな理由であったようだ。

私はフリーソフトが好きだ。同じ内容のソフトがあったら割とフリーソフトを使ってみたくなる。
フリーソフトの思想の根底に、既存の技術を惜しみなく土台にし共有して、新しいあるいは多彩な技術、道具を生み出そうとする考えがある。それが好きなのだ。
つうか、個人的に、自由であること、なにものにも妨げらず、自らを自らの思う通りにあることをなによりも願う。
そしてその自由の中には、「自ら不自由であることを選択する権利」も含まれる。
著作権の行使とは、本来、自分が作り出した作品を自分の望む様な形で流通させる権利であろう。情報も物も流通してこそ価値を持つ。情報に関しては、現在流通経路を司る組織によって経済行為が行われている。これは、物理的なメディアを媒介してしか情報を流通し得なかった時代の経済モデルそのままである。
多くのコンピュータや機器がネットワークに接続され、それを経由して情報が流通される時代にそぐわないため、その改正が取沙汰されている。
最近の著作権の法的強化とガード技術の開発の動きと、それに対応する著作権ガードを回避する技術のハッキングの動きは、この情報流通の流れの過渡期ゆえと言えるだろう。
地上波デジタルをDVDに録画する方法を紹介した記事を見た時、頭が痛くなった。
一体どれだけ縛りを入れれば気が済むのか。

インターネットは、性善説に基づいて生み出されたという話がある。
悪意や犯意を持つ者も、善意の人間と同じ様に扱う技術である。もともとのインターネットは、正に国籍も人種も関係ない自由なネットワークとして作られたと。だからこそ、様々な価値ある情報が集まった。現在でも、本当に生きた情報は2chの様に自由度の高い場に集中している。
ネットワークは所詮、道具である。問題なのはどう使うかだ。

既存のサーバー・クライアントネットワークをベースに利用するとは言え、特定のサーバーを利用せずにネットワークを構築するWinnyのやり方は、実は結構好きだ。
各自のコンピュータがサーバーでありクライアントであるという構造は、ハイパワーなワークステーションを私有できる現代においてある意味理想的なネットワークシステムでもあろう。
だが、プロトコルも仕様もソースも公開されてなかったと聞く。
公開しない理由は、解析されると匿名性が失われるからだと。
しかし、インターネットがそうであったように、実は積極的に公開したほうが良かったのではないだろうか。技術として定着すれば、あとは使い手の問題なのだから。
より自由なネットワークを構築することを目的として開発していたのなら、逮捕はさぞかし難しかった様に思う。とどのつまり、自由に対する考え方の甘さだ。
著作権へのテロではなく、自由への戦いをするべきだったのだ。

2004年5月12日水曜日

CPUとBIOSと私

先日も書いたのだが、最近、旧世界のアーキテクチャPC-9801について調べたりしていた。(現実逃避?)
 その発端は、「同じCPUを使いながら何故PC-9801とIBM PCは違うのだろうか?」という点だ。

 コンピュータの基本は、情報を処理するCPUと予め処理する情報や処理方法の情報をしまっておく記憶装置である。この段階ではその構造はCPU次第なので、CPUが同じなら、そのCPUで動く実行ファイルはどのコンピュータでも動く。
 しかし、そのままでは情報を取り入れることも取り出すことも出来ないので、脳みそだけで生きてるのと同じ。そこで、情報を出し入れするための装置とつなぐことになる。そして、これらの装置をCPUがどうやって認識し、会話する方法をどうするかという点が、それぞれのパソコンの基本的な差になってくるのだ。
 この、周辺のあらゆる機器との最低限の会話を実現するプログラム、パソコンの基礎中の基礎のプログラムをBIOSという。OSやドライバやライブラリ、古いアプリケーションなどは、このBIOSを経由して周辺機器と会話する。さらに、アプリケーションはOSやドライバやライブラリなどを通して周辺機器を利用することになる。
 このBIOSの違い(そしてそのベースになる周辺機器との会話経路の構造の違い)が、CPUが同じでもアーキテクチャが違えば(場合によっては同じアーキテクチャでも)互換性が無くなる要因の一つなのだ。
 もし、同じCPUのパソコン上で別のアーキテクチャ用のプログラムを動かそうと考えたとき、このBIOSおよび基礎的な入出力部分をエミュレートすることが必要になる。
 別な種類のCPUマシンの場合はそれに加えて、プログラムが求めるCPUへの命令や帰ってきた答えを、動かすマシン側のCPUがわかる状態に翻訳する必要も出てくる。
 MacintoshがPowerMacに切り替わったとき、CPUもMC680x0からPowerPCに変わったため、従来のMacOSやアプリケーションを使えるようにするため、CPUのエミュレータを搭載した。これの出来が結構良かったことがPowerMacへの以降をスムーズにしたと言われている。その過程で当然BIOSの変更なども行われたと思われるが、その変更の幅は基本のアーキテクチャの変更が行われなかったため、それほど大きくなくて済んだのも、エミュレータの完成度を高めることが出来た要因と言えるだろう。
 この伝でいけば、PC-9801でも(他のあらゆる過去の魅力的なマシン達でも。)別な新しい種類のCPUを使いつつ、過去の資産を有効に使えるシリーズ展開が出来たのかも。少なくとも、論理的には不可能では無かったということがわかった。ま、言うほど簡単でもないだろうが。

 …別に私は、PC-9801のファンじゃないんだけどね。

2004年5月6日木曜日

PC-9801

最近、なんとなくNECのPC-9801シリーズについて調べたり考えたりしていた。(あまり暇なわけでもないのだが…忙しいとついそういうことで暇を潰しがちなのは悪い癖だ。^^;)
 ネット上で見ると、さすがに一時期は国民機とまで言われた機種だけあって、それなりに情報はあるが、細かい仕様などまで調べて行くとなかなか書いてない場合が多い。
with98
 ここにはPC-9801/9821シリーズなどの各マシンのスペックが詳しく載ったデータバンクなどがあった。

 ともすると、PC-9801は、IBM-PCを意識したパクリマシンであり、王座につき続けられたのは、Microsoftと同じでイメージ戦略と排他的な商法によると、PC-9801によって日本のコンピュータの進歩が遅れたとする論が多かったし、私もそういう考えを採っていた。だから、いつもの癖で、「もしも新しいアーキテクチャを採用して世代交替を行えてたら、そしてそれを他のメーカーにもオープンにしていたら、今もPC/ATと対を張れるアーキテクチャとして生き残れたのでは?」とか思考実験して遊んでいたのだが、今日本屋で『甦るPC-9801伝説』(アスキー出版社 月刊アスキー別冊)という本を読み、なんとなくPC-9801の全体像が見えて来た気がする。
 PC-9801のネガティブ情報も真実を含んでいるだろうが、ジレンマを抱えながらの企業努力もあったのだということがわかった。初代PC-9801から最期の機種に至るまで、上位互換に徹底的に拘り続けたため、結果性能が良い新しいアーキテクチャをホイホイと導入し、顧客に押しつけることができなかったのだ。
 WindowsでもMicrosoft Officeなどでは、アップグレードすれば使えなくなるソフト、読めないデータが出て来るのは当然くらいに感じている今の視点で見れば、PC-9801シリーズが採った互換性にギリギリまで拘るやり方は、やはりあまり良いやり方とは思えない。
 しかし、既に電気屋の店頭に並ばなくなって久しく、先日受注販売が中止されたにもかかわらず、色々なところでいまだに使われているのは、惰性だけではないのだなと感じる。(今でも安定性が今のパソコンと比べものにならないほど高いという意見も聞きますし。もちろん単純に比較は出来ないですけどね。)

 PC-9801の歴史はなるべくしてこうなったのだろう。そこに、想像の入り込む余地はあまり無いのだなと思った。
 正直言うと、今のパソコン業界に一石を投じるような新しい使いやすい魅力的なアーキテクチャが生まれ、広まったら。それも日本からそれが出てきたら、とつい想像してしまうが…そんな夢が入り込むには、今のパソコン状況はあまりに商売臭くて世知辛い。
 ああ、パソコンにもっと夢を!!

2004年4月21日水曜日

政府関係者

昼のニュースで、世界中に流れた銃やナイフで脅されている三邦人の映像は演技だったと本人達が告白したと、一部政府関係者が言っていたそうな。
 まあ、2chなどではとっくの昔から当然のように語られていた話ではあった。
 心情的には"げ、やっぱりヤラセか。騙されていたか。"とか思うところはあるけど、その辺の話は他の人もここぞとばかりに語っていると思うので置く。
 ここで味噌なのはやっぱり、政府関係者が語ったと言う点だろう。
 政府は、事件早々あの映像の元になる映像を手に入れていて、あれがヤラセであると判断していたとか。だから、いつも後手後手弱気な日本政府が、あくまで強気に「自衛隊は撤退しない。」と言い切り、三人を見殺しに出来たのだろう。
 政府が見殺しにしたがために、三人の家族達は言動をエスカレートさせ、その結果、日本中から総スカンを食うようになった。
 そして、三人が帰って来たこのタイミングで、その辺をリーク。
 演技であった点を掴んでいたのなら、今回の事件もっと早期にかつより穏便に解決することも出来たと思う。そうしなかったのは、結局、こうするのが政府にとって一番徳だったからでしょう。

 もちろん、三人がもし端っから世界中を騙すために彼らと協力して行動したとだとしたら、世界中から非難されるのは仕方ないだろう。でも、拘束された結果の行動なら、緊急避難行動の内と解釈すべきだと思う。
 迷惑かけたと言うけれど、政府がどれだけのことを彼らにしたのだろう。目に見えてなにもしていなかった、と言うか"なにもしない"という行動をとっていたわけだし。大多数の国民に直接的な被害を与えたわけでもない。(少なくとも、自衛隊が撤退したからと言って実害無いどころか、その分をNGOにでも回せばもっと効率良く、かつイメージ良くイラク国民のための活動が出来るだろう。だって、向うに取ってはやっぱり、アメリカの配下の軍人達が兵器片手に水を配ってるとしか見えんでしょう。)

 あの三人とその家族は、そういう意味で本当に可哀想だと思う。
 日本が軍国化するための重要な一歩のための贖罪の羊に選ばれてしまった。アメリカにとっての真珠湾のように。(そういう意味では、アメリカで三流作品と判断された"パールハーバー"が日本で大ヒットしたのは実に示唆的だ。)
 明日は我が身だろう。誰に取っても。
 戦後の世界史に、今の時代はどう書かれるのだろう。
 これは、本当の民主主義が生まれるための産みの苦しみなのだろうか。

2004年4月16日金曜日

非国民

武装集団に拘束されていた日本人三人が開放された。
無事に開放されたこと、本当によかったと思う。

今回の事件、結局は自業自得であった部分があるのは事実で、かつ、それは本人達も、また家族達も十二分にわかっていたと思う。
だからと言って、その命が粗末に扱われて良いと言うことにはならないし、ましてや、赤の他人が彼ら、彼女らを攻撃してよいという理由になるはずがない。

今回の事件中に、被害者家族を「不愉快だ」という理由で攻撃していた知り合いがいた。彼の中には無意識に"非国民"という言葉が横切っていたのではないかと思う。
私は"非国民"という言葉も、そういうレッテルを(無意識にでも)他人に貼り付ける人が嫌いです。大体、そんなこという人間の90%は国のことなんか考えちゃいない。ただ、他人を思う樣攻撃できる口実が欲しいだけなのだ。
ドイツがパリから撤退し、連合軍が入場したとき、ドイツの将校とつきあった女性は片っ端から迫害され、リンチやレイプにあったというが、ではそういった行為をした人間の中に、ドイツにへつらっていた人間もいたはずだ。
中国の文化大革命しかり、大東亜戦争時の日本しかり。
人を大事にする心の無い国家政策はファシズムだ。民主国家と言うレッテルが貼られていてもだ。
世界中で自由も民主主義も空洞化し、ファシズムとエゴイズムが充満しつつある。
恐い世界だ。

2004年4月9日金曜日

堕落論

坂口安吾の『堕落論』の中に、妻子持ちは特攻隊になかなか選ばれないという話が出ています。妻子から引き離すのが可哀想と言うわけではなくて、妻子に気が残って任務を完遂することが出来ないだろうからというのがその理由だったとか。
 それに対して安吾は妻子持ちとそうでない男性と、人間的にどんな違いがあるのだろうか、そういう考え方をして疑わないところに本当の進歩を阻む原因がある。堕落せよ。と論じている。
 "妻子持ち"と"懦弱"をイコールでつなぎ、やはり妻子持ちより独身の方がいざと言う時覚悟を決めやすいと考える考え方は、ある面では正解かも知れない。(現代ではそうでもないかも知れない。)
 しかし、では独身男性でも恋人があるひとは?あるいは、「妻子を守るためなら!」と考える既婚男性は?個別の事情を考えていけば、既婚か独身かと言う基準は、所詮レッテルに過ぎないことがすぐわかる。にもかかわらず、こういったレッテルによって物事を単純に済ませる思考法は、いまだに根強いのではないだろうか。
 安吾の言う堕落とは、ただ酒を飲んだり博打をしたり女を抱いたりというようなものではなく、むしろもっと宗教的なもののように感じる。
 私自身、昔から好きな言葉に浄土真宗の宗祖親鸞の「善人なおもて往生をとぐ。云わんや悪人をや。」と言う言葉がある。昔は単純にその逆転の発想的な部分が好きだったのだが、安吾の堕落とはこの言葉に象徴されるものではないかと思う。
 往生とは、阿弥陀如来に帰依することで、死後西方極楽浄土に生まれ変わらせていただくことを指す。善人が往生できるなら、悪人が往生できるのは当り前だというわけだ。それは、善人(と、自他ともに認める人)は、往生疑い無しだと思っているから阿弥陀さまに帰依する心が無意識に弱くなる。だが、悪人(と、言われる人)は自分が罪深いから往生は出来ないとあきらめ、あるいは恐れているから、そこから救っていたくださる阿弥陀さまへの帰依の心は、善人よりはるかに強い。というわけ。
 平和な生活、安逸な日常、あるいは普通の人生というものには、レッテルで単純化してある部分がたくさんあり、自分自身がそのレッテル文化に安心してしまえば、もうそこから新しく生まれることも進歩することもない。真の表現はけして生まれない。
 だから、日常を疑い、普通を疑い、平和を疑い、自らの安逸に流れる心を打ちすえ、壊すことが真の堕落で、ただダラダラと酒に溺れたってそれは真の堕落ではないのだ。

 大学生のとき、大学生協で買った『堕落論』ではまり、その後十年、自分の生活の指針にしてきたのだけど、二年くらい前に読み直して、もう自分がその暑さに耐えられなくなっていることに気がついて悲しくなって読むのを止めた。

 今朝起きたら急に、もう一度読み直したいと思った。
 世界は堕落している。でも真の堕落ではないようだ。レッテルを剥して新たなレッテルと貼って、ますます分厚いかさぶたになって真実が見えなくなっている。私の目にも知らぬ間に「もう既婚者だし」のレッテルが貼りついていたように思う。
 真の堕落をしよう。

2004年2月29日日曜日

天台宗 続報

先日、ここに書いたばかりの天台宗ですが、偶然か今日仕事をやってきました。これがシンクロニシティって奴でしょうか。
 実際見て、やっぱり密教なんだなと思いました。ベースは密教。で、式は主に阿弥陀様におすがりして救っていただく面が強く、式後の繰上げ法要には法華経を読み上げて回向してます。
 お式の形式は真言宗的です。でも唱えている内容は浄土宗系に近いですね。法要の形式が日蓮宗系、特に友人葬などの日蓮正宗系の形式に似ています。…と、他の形式から逆算して行くと散漫過ぎてわかりにくいですね。
 歴史の流れ的に言えば、こちらの方が平安期(中国で言えば唐代?)当時の北伝仏教の姿に近いのでしょうね。
 宗教には、形而上学的な面、呪術的な面、カウンセリング的な癒しの面など様々な面があり、それらを過不足無く持っているのは天台宗だと言えるかもしれませんね。

2004年2月26日木曜日

仏教宗派についての覚え書き 天台宗

今日、ひさしぶりに図書館に行く暇が出来たので、ぶらっと覗いてみました。仕事柄仏教に触れることは多いのですが、割と触れる機会が無いのが天台宗です。そこで、今日はその辺を調べてみました。
 天台宗の宗祖は最澄で桓武天皇の頃の人…位は知ってたのですが、数少ない天台宗での葬儀の経験では、なんでもあり風の宗派のような気がしてどんな宗派なのかわかりませんでした。
 天台宗の根本理念の一つにあらゆる仏はお釈迦様であり、同一のものであるという考えがあります。同じ時代に興隆した真言宗では大宇宙の象徴である大日如来を絶対仏とし、お釈迦様はそれを世に広める使命を持って生まれたという考え方をしたことと対照的です。キリスト教とユダヤ教の違いみたいなものを感じますね。
 上のような考え方から、天台宗は誰でも成仏できるという考え方を採ります。真言宗、天台宗の以前の仏教では限られた人しか成仏できないとしてましたから、それよりも門戸を広げた形になります。
 天台宗では法華経(妙法蓮華経)を絶対経典とします。これは後に日蓮宗に採り入れられます。
 天台宗では悟りに至る方法として禅と念仏を採ります。前者は各禅宗に、後者は念仏宗に採り入れられます。
 また、真言宗の密教を採り入れてますので、加持祈祷を行うことが出来ます。
 なんでもありと感じたのは間違いではなかったようです。真言宗・天台宗以前の律宗、華厳宗などは南伝仏教で、いわゆる上座部仏教(小乗仏教)でした。それも学問としての仏教的な意味合いが強かったようで、民衆の救い(あるいは時の政府の守護)には向かなかったという感覚があったのでしょう。より救いの色合いが強い当時の北伝仏教(大乗仏教)の集大成である総合仏教を目指した宗派であったようです。
 鎌倉期以後、天台宗の本山、比叡山延暦寺に学んだ僧侶達によって上に書いたようなそれぞれの要素がより抽象化、集中化した各宗派を形成した辺りはある意味実に日本的であると言えるかも知れません。(日本の様々な分野の展開には、汎用より、個的深化を尊重する傾向がある気がします。)

 禅宗や念仏宗の興隆によって天台宗は衰え、今現在、仙台周辺では三軒ほどしかお寺さんが残ってません。真言宗の方が数があります。
 天台宗は仏教のスーパーマーケットだと言えるでしょうね。そこから専門店の時代になり…。これからの天台宗に求められるのは、コンビニ化かもしれませんね。

2004年2月7日土曜日

お経の読み方

…何を書いてるんだか。
 今日のお通夜のお寺は日蓮宗でした。(ちなみに私の仕事は葬儀の司会です。)久しぶりなので、どんなだったっけとお経を聞いていると、いわゆる方便品を読経して、その後は聞いたことのないお経を読んだり色々日本語で語りかけておりました。
 方便品と寿量品は創価学会なんかでも盛んに唱えられているお経ですが、だいぶ雰囲気は違いました。お経の読み方は宗派によって様々で、さらにお寺によっても細かく違います。
 うちの本家の菩提寺は浄土真宗なのですが、浄土真宗のお経は謡のような読み方記号がお経の本についています。それに従って、こぶしを入れたり上げたり下げたりするのです。菩提寺の住職さんは正に謡のような読み方なのですが、仙台の住職さんだと飾り気がない読み方の人が多いです。まあ、飾り気ない方が読経が早く済んで楽なんですけど、仕事的には。
 ああいうのは、直接ついた師匠によって違うんだとか。だから、師匠が下手だと下手くそな読み方になりがちのようです。

 でもまあ、本当に大事なのは中に書かれてることなんだと思うんですけどね…。