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2016年3月3日木曜日

ミステリーっぽさが珠にキズ? 『珈琲店タレーランの事件簿』 岡崎琢磨:著

昔、まだ劇団に居た頃に、若手公演の台本を私が書いたことがあり、そのオープニングでコーヒーミルを挽く探偵を登場させたのだが、そんなわけでこの作品には勝手に親近感を感じている。
コーヒーを愛する男女と謎解きの組み合わせは面白かった。

2013年1月4日金曜日

映画『麒麟の翼 ~劇場版・新参者~』

東野圭吾原作の推理ドラマの映画版をテレビで観ました。

推理の構築の流れ自体は面白く、十分楽しめたのですが、クライマックスに行くにしたがって違和感を感じる場面が増えてきたのは残念。


例えば主犯の動機、というかきっかけがあまりに衝動に偏り勝ちだったように思います。

2010年10月19日火曜日

『告白』読了。

妻から借りた。
本を読むのが遅い方なのだが、瞬く間に読了。
面白い。

各自の告白によりひとつの事件が多面的な様相を表すという構造は、ミステリーにはよくあるものだが、明るい澄んだ狂気とでも言うべきなんとも言えないものが、ページを捲るのに従い、薄皮を剥ぐ様に徐々に露になる様子は秀逸。

妻はマイミクよむよむさんが書いた作品の様だと言っていたが、正にそうだと思った。

読みきった時、実は自分がどこかで分かりやすい正義を期待し、それが裏切られたことに、爽快感を感じました。

是非映画も見たい。

2009年11月17日火曜日

映画版『魍魎の匣』を見た

映画版『魍魎の匣』を見た。

徹底した画面作りは、随所に美的なけれんみがあって好き。
役者も、原作のイメージから離れた人もいるけど、映画としてはありだと思う。

途中までは、原作を割と良い感じに換骨奪胎してるように感じながら、楽しく見ていたが、最期に近づくにつれてなんか無理を感じるようになった。

全体通して、原作の「連鎖的なボタンの掛け違いによる不条理感」(=魍魎感というべきか)は抑え気味にし、匣のイメージを強調している感じである。

それは一緒に収録されていた予告編でも特徴的。

思うに、匣のイメージは映像化しやすい、絵にして分かりやすいというのはあるだろう。
また一方、ボタンの掛け違いは、一つのシーンを見逃しただけで成立しにくくなる。
限られた枠の中で最大限の効果を出そうと考えた時、やむを得ない選択立ったろうと思う。

だが、その結果、最期の京極堂による憑き物落としのダイナミズムが弱まってしまったのは残念。

なんとなれば、憑き物落としとは、複雑連鎖的に絡み合った事象を、別な事象・別な視点を通すことで解体・再構築することに他ならない。
絡み合う事象が複雑であるほど、落ちた時のカタルシスは強烈となるが、今回の映画では、美馬坂に様々な暗部を集中させてしまったことで分かりやすくなった反面、掛け違いや、ズレは無くなってしまった。
この為、原作を読んでいた身には、クライマックスに向かうにつれ、騒がしさだけが目についてしまった。

とは言え、やや無理はあっても、美的な画面とハイスピードな展開と、原作に縛られない個性的な役者の組み合わせで、あの膨大な作品をまとめきったのはすごいと思う。

気のせいかもしれないが、役者たちが割と自由にやってるような印象を感じたシーンがあった。
演出なのか。
楽しくやってる感がある。
京極堂があたふたと「何で僕を引きずり込むんだ!」と訴えるシーンとか。
まあ原作破壊的だったりはするんですが、私は好きだ。

一部グロなシーンもあるが、そういうシーンが苦手じゃない方にはオススメ。

2009年8月5日水曜日

東野圭吾『容疑者χの献身』

を病床にて読んだ。

テレビドラマにもなったガリレオ先生の話だが、中盤過ぎるまで、全て見えてるはずなのにモヤモヤしているのが、最後にピシッとシンプルで極めて残酷な絵を結ぶ展開は秀逸。

例えて言うなら、グスコーブドリの話の最後で、島に残ったブドリが後ろを向いたら博士とかネリとかが残ってたみたいな、…うん違う。もっとこうどうしようもない、でもパンドラ箱の底の希望みたいなのは残ってるみたいな終わりだった。

ガリレオ先生大活躍の巻を読みたい方にはお勧めしない。

なんとなれば、この本の中で一番わがままで残酷なのはガリレオ先生だから。

ホームズ先生だったら

「僕の親友の誇りを掛けた闘いを邪魔するほど、僕は傲慢ではないよ。」

「じゃあほっとくのかい?ホームズ。」

「残念なことだが、しかたあるまい。悲しいことだねワトソン君。優れ過ぎた頭脳を持っていても、この愚かな世の中では、その才能を本当に活かしきることができないのだからね。今夜は長く別れる友のためバイオリンの新譜でも演奏しながら時を過ごそう。」

とか言って推理は披露するけど無かったことにしそうな気がする。

時代も違うし、国も違うけどね。

あ゛、あと攻殻のバトー風に

「あいつは行っちまったのさ。膨大な数式世界へ。一輪の思い出を持ってな。」

とか言う手もあったんじゃないか。無いですか無いですね。

ガリレオの他の本も読みたくなってきた。