2013年2月25日月曜日

『アスペルガー症候群への解決志向アプローチ -利用者の自己決定を援助する-』

アスペルガー症候群について書いている本の多くは、本人ではなく援助する側の視点で書かれたものが多く、さらにその多くは、定形発達者の中で定形発達者と同じように行動・生活できるようにするための方法を記す本が割と多いようです。

この本もそうした本の一つですが、他の本と違うのは、定形発達者の視点を絶対視してアスペルガー症候群の人をそうなれない障害者と見るのではなく、むしろそうした状況で(その人なりの解決法で)事なきを得てきた、その解決法・解決能力に注目する、いわゆる「解決志向アプローチ」を紹介している点です。




著者はE.V.ブリスとG.エドモンド。
ブリスは解決志向アプローチを採るセラピストで、G(ジュヌビエーブ).エドモンドはアスペルガー症候群の女性です。
つまり、セラピストとクライエントが一緒に物した本なのです。

「解決志向アプローチ」とは、一言で言えば“よかった探し”と言えるでしょうか。
そう書くと、途端にあてにならない気分だけのものと感じる人が多いと思います。
よかったことを探してもそれは問題に背を向けているわけで、自己擁護・自己満足にしかならない、と。
でも、ことアスペルガー症候群の社会参加のための援助を考えた場合、問題点に主眼を置き、そこの改善を求めていく方法は、実は逆に、援助する側の自己擁護・自己満足にしかならない場合が多いようなのです。


アスペルガー症候群は、大雑把に言えば、社会性を獲得する脳の機能の障害と言えます。
例えば 、アスペルガーの人は言葉を理解する能力は高いため、理論的かつ具体的な言葉による指示や依頼はすんなり聞き入れられやすいのですが、定形発達者の考える“理論的かつ具体的な言葉”には、実は想像力や習慣・経験則で埋め合わせが必要な箇所が存在する場合が多いです。
アスペルガーの人はそれを埋め合わせすることができないので、理解できない部分を聞き返したとします。でも、そうした穴は定形発達者にとってごく自然に取得した所与のものであり、改めて説明が必要なものと認知することができません。
そのため、定形発達者からみれば、十分理論的に説明したのに理解しないのは理解する気がない=自分に敵意を持っている、あるいは非常にわがままだからだと捉えることになりますが、これはアスペルガーの人の方でも一緒です。しかし、概ね数の理論で、定形発達者の側が正常とみなされ、定形発達者が見えるものが現実で見えないものは幻覚、見えないものが見えるアスペルガーの人はオカシイ人ということになります。


「問題の解決」の重点を置く「問題志向アプローチ」の場合、実際はその原因が周囲の定型発達者の側にあったとしても、定型発達者の行動が「正常」とされそこを基準とするため、アスペルガーの人側に「問題」があるとみなされます。
しかもそれを解決するために必要となる基本的な能力が無く、それが治療される可能性も無いのにです。
足の無い人に100m走れと言ったり、目の見えない人に普通に印刷された本を読めと言ったり、耳の聞こえない人に電話対応をしろと言う人はあまりいないと思いますが、アスペルガーを抱える人に対してはそれに相当することがごく当たり前のように要求され、出来ないと嘲笑・罵倒が浴びせられたり差別されることもあります。
そうした場面を何度も繰り返す内に、アスペルガーの人の自尊心はズタズタに引き裂かれ、生きることに臆病になり、あたかも定形発達者の様にわかった振りをするか、さもなければ息を潜めて押し黙ることになります。
極論すれば、定形発達者の視点をベースにそれに適応できない問題点を改善させようという“問題志向”のアプローチとは、こうした意味合い=アスペルガーの人の人格の否定と自意識の破壊を目指すものと言えます。
マイナス点は減らせるかもしれませんが、その人のもつ魅力をゴッソリ削ぎ落とすことのマイナスを差し引けば、結局、援助者の成績作りとしての価値くらい(それもけして良好な結果としてではない)しか残らないと思われます。


それに対し、「解決志向アプローチ」では、アスペルガー症候群を抱える人と定形発達者では見え方・感じ方に相違があることを前提に、「答えは、アスペルガー症候群を抱える人自身がすでに持っている」と考え、アスペルガー症候群を抱える人が見える・感じられるものを基準に、問題を起こしている時ではなく、「うまくいっている時」に注目し、その時に無意識に行なっている判断や行為を見つけ、確認し、繰り返し明示的に行えるようにしていくことを目指します。
出来ないことを無理矢理出来るようにするのではなく、出来ることをより一層的確により幅広くできるようにしていくのです。
出来ることが基本なので、生活を変えることが出来る可能性が高く、成功を積み重ねることが生きる自信にもつながります。


この本は、解決志向アプローチを、セラピストの立場だけでなくクライエントの側からも見つめながら書かれているため、たぶん、アスペルガー症候群を抱える人が読んでも、非常に胸落ちする部分が多い本だと思います。
また、アスペルガー症候群を抱える人の家族や友人、会社などにとっても、とても役に立つ知見に満ちた本だと思います。

余談ですが、このアプローチはアスペルガー症候群に対するだけでなく、社会の様々な場面で有効なのではないかと想像されます。例えば、会社の再建とか売上増進などといった場面でも有効でしょう。


最後に、参考として目次の項目をリストアップします。


第1章 はじめに
  • いったいこの本は何について書かれているのでしょうか
  • おっと……それで、本書は何について書かれているのでしょうか
  • セラピスト、ビッキー
  • アスペルガー症候群当事者、ジュヌビエーブ
  • さらに具体的な本書の内容
  • この章のまとめ
    • セラピスト、ビッキーによって「問題志向」とされる想定
    • ビッキーによって「解決志向」とされる想定
    • 利用者、ジュヌビエーブの見解
第2章 解決志向アプローチ-理念と技法
  • はじめに
  • 問題以外の話
  • 「問題を」ではなく「人間を」
  • 背後から導く
  • 例外と技能
  • 頭を空っぽにして、好奇心を持つ
  • ミラクルを使ってもいいだろう
  • 言葉と傾聴
  • 権力を持つのは誰か
  • スケーリング
  • この章のまとめ
第3章 自閉の特性と解決志向セラピー
  • はじめに
  • 自閉への治療の歴史
  • 専門家による自閉の理解
  • 自閉を抱える立場からの自閉の理解
  • それで、利用できる援助は
  • セラピーと社会的相互作用の違い
  • セラピーとコミュニケーション
  • セラピーと知覚・感覚上の相違
  • この章のまとめ
第4章 すべてを繋げて考える
  • ミッシング・リンク支援サービス会社での活動
  • マイクとビッキーの対話
  • 事業所志向の支援
  • この章のまとめ
第5章 日常生活での解決志向アプローチ
  • はじめに
  • 就労
  • 教育
  • 対人関係
  • 専門家としての限界
  • 解決志向の質問についての究極の台詞
  • この章のまとめ
第6章七人の事例と親睦会
  • はじめに
  • 保護観察中のサム
  • 寡黙な男性、フィル
  • 定点観測のファーガス
  • セスのチーム会議
  • 警察官パディ
  • 在宅ケアサービスのマネージャー、マージ
  • ジンジャー
  • 火曜夜の親睦会
  • おわりに
第7章実践のための資料
  • 面接要約シート
  • スケーリングの記録
  • 評価シート
  • 解決志向シート
  • 解決志向ワークブック

0 件のコメント:

コメントを投稿