日本人の死生観は一言で言えば「死んでも生きている」で、これは「モノだって人間だ」ということであり、遡れば八百万神、九十九神、間近くは萌え文化に通ずるものだ。
そして、死んでも死なないから、死者への弔いが重要であり(先祖供養、タタリ神、魂鎮め)、また、死ぬことに積極的な意味が付加される(切腹、心中)。
仏教の諸行無常は死の情念強化に活かされ、輪廻からの解脱は死んでも死なないイメージに融合して「死ねば皆仏」となり、葬式仏教として換骨奪胎されて受け入れられた。
だが、なくなるものもある。
それは、生活圏の外から来るモノだ。
外から来るものは内に福をもたらすが人ではなく、人ではないからいつか必ずこなたから彼方へ帰っていく。
多くの物語が外から来たものによって恵みを受け、また外へ帰っていくえびすがみを描いている。
こうした考え方の根っこは、だからダメというのではない。
日本人のそうした考え方は今でも脈々と現代人の中に残っており、そうした考え方が、理性を超えた部分の判断基準となっていることが多い事は、把握しておくべきことだろう。
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